私の登山記録 3月

ー中摩殿畑山 なかまとのはたやま 991.1m 大分県ー

2台の車で乗りあっていく私達、一方の車が合流場所のSAを見過ごし、SAで待っていた私達は着信音に誰一人気が付かず・・のハプニングで、30分の時間ロスのスタートです。午後から降雨との予報に、早く登山し下山したいと気持ちで焦っていたのですが。

山名が変わっているこの山は、奇岩が有名な名勝「耶馬渓」の一角にあります。道の駅「やまくに」から、山裾に幾重もの棚田を抱く集落を過ぎて、車が入る所ぎりぎりまで行ったので、かなり距離的にも時間的にも体力的にも助かりました。砂防ダムから予定より遅い登山開始です。杉林の急斜面をテープを頼りに一列で登ります。大変さにみんな無口です。平坦な林道になると気が緩み、横に広がりおしゃべりし、また急傾斜の道になると無口で一列です。山頂近くになると空が開け、シャクナゲの群生地突入です。中には花芽のついた木もあり、5月にはピンクの花トンネルになるのかな・・。出発から1時間で山頂到着です。鳥居と「八大龍王宮」の社がぽつんとあり、遠くに英彦山や鷹ノ巣山が霞んで見えます。曇天が雨天になったら大変・・と、急いで弁当を食べ、そそくさと足元に気を使いながら下山です。結局、雨に降られ雨具でのゴールでしたが、山頂の風景を見れてラッキーでした。それにしても天気予報、当たりますね。
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晴れ着

お宮参りの晴れ着

年末に生まれた孫の女の子。春の暖かい日にお宮参りに行くようです。その折の電話で「産着?晴れ着?・・はない?」とのこと。男の子しかいない我が家にあるのは、青い羽織と袴です。「実家を探してみる」と伝え翌日に実家を探すと、赤やピンクの可愛い着物が3枚ありました。3姉妹だった私達の晴れ着のようです。その中には丈や肩幅を糸で詰めたままの着物もあり、3才の七五三で着たなごりのままで残っています。この3枚の着物、誰が着た晴れ着なのか?アルバムを見ないとわかりません。それにしても50年以上の時を超え、ばあちゃん(私)が着た着物を孫が着るか・・と思うと、亡き母が大事に押し入れにしまっていた着物も、再び日の目を浴びて喜んでいるのでは・・。さてさて、送った3枚の昔の柄の着物の中に似合う着物があったのか、はたまたレンタル着物に決まったのか。ともかくお宮参りが楽しみです。

春到来

マラソンに参加する連れ合いを見送り、私は春の陽気に誘われて1人で里山登山です。土の匂い、ウグイスの声、登山道には落ちたやぶ椿やスミレがひっそりと・・。そして花粉も一緒か、春風が吹いています。足に不安がある私はゆっくりと。20分の所は30分という具合でまるで亀のようです。そんな里山で何人かの人とすれ違いました。私と同じく1人歩きの女性にも会いました。その時は一言だけの挨拶でしたが、下山口近くで後ろに人の気配を感じて振り返ると、途中であった女性でした。いつの間にと言うほどの気配を消した歩き方です。その人が「もしや○○さんでは?」と私の名前を言われ驚きました。お互いに帽子にメガネにマスクと完全防備のいでたちで、顔の判別は困難です。彼女は私の挨拶の声を聴いて「もしや」と思い、ヨタヨタ歩きで「違うかな」とも。私の方は彼女の名前を聞いてもピーンと来ず、メガネとマスクをとってもらって「ア~」、納得です。まさかこの里山で会うとは意外でした。登山上級者の彼女も変形性膝関節症と聞いていましたが、あの歩きぶりは軽症のようです。「膝痛い友」として話は大盛り。1人でも日本アルプスに登る彼女も、年々の体力低下をぼやいていました。さて彼女の今年の目的の山はどこなのかな。ドタドタ歩きの私の歩き方を反省し、彼女の気配を消した静かな歩き方を目指すぞ!

世界遺産 ポンペイの壁画展

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今頃は熊本の山に登山・・のはずが、悪天気のために山行きは事前に中止です。急に時間が空いたので、山口県立美術館で開催中の「ポンペイ展」へと。

日本がまだ弥生時代、土偶や象形文字のような単純な絵を描いていた頃です。紀元79年のヴェスヴィオ山の噴火によって、忽然として消えたポンペイの町。2000年の眠りから覚めたこの町は、今見ても違和感のない、地中海の古代ローマ文化の花開く遺跡でした。よくこれだけの遺跡を発掘できたものだと感心しました。お金持ちと思われる家の壁に描かれている絵画は、神話だったり自然の風景だったり暮らしぶりだったり・・と、人物も風景も明るい色彩で伸びやかに暖かく描かれていました。記憶に新しいところで、日本でも雲仙普賢岳の噴火による火砕流で消えてしまった村があります。日本の家は木造建築なので、ポンペイのような古代遺跡としては残りにくいです。日本もイタリアも火山国です。自然の脅威・・なす術もありません。

携帯電話 その後

スマホ or ガラケー その結果

「3/6までは1万円キャッシュバック」のスマホ勧誘の言葉につられて、焦る気持ちでスマホ先輩の子供達に意見を求めると、子供観点からいろいろ意見がもらえました。ありがたいです。新発見としては、子供達でさえ1~2Gで問題ないようで、そう考えると私達には3~6Gは必要ないし、1~2G契約だと安くなるのでシメシメです。さらにSIMフリーのスマホにしたら安い・・とか。私には訳の分からない話でしたが、次回に子供達と会った時に話題の種にはなりそうです。

では故障前に新ガラケー購入・・と思いましたが、ふと亡き母の携帯があるのを思い出し探すと、母のガラケーが私のものより3年も新しい機種で、なおかつ同じ携帯電話会社であることが判明し、ラッキー!。眠らせず使用するのも亡き両親への供養かな・・と考えて、今回の私のスマホデビューは見送りで、このままガラケーでいくことにしました。とりあえず一件落着です。

久しぶりに母の携帯を扱いながら、一人住まいになって、娘から持つように言われた亡き父の携帯に、「機械ものは好きじゃない」とボヤキながらも、一緒に行く病院への外出時に、短縮番号1.2.3で電話練習した思い出がよみがえってきました。まるでおもちゃ電話のやりとりでした。但し、おもちゃの電話と違って、携帯は充電の一手間とボタン操作のあんばいに、80代になって初めて携帯を扱うことになった超アナログ人間の母は、機械相手に難儀していました。それでも何とか頑張っていたなぁーと思います。

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